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『──頼む、お前しかいないんだ』 キッカケは、一本の電話。その電話越しに切実な声で訴えてきたのは、自分の友人だっ た。 直接会う約束をして、数日前に会ったのだが…いつも冷静沈着と言われていた長い付き 合いの友人が、ひどく取り乱していた姿が今でも頭に印象強く残っている。 話を聞くと、ぜひとも自分の息子を診てほしいとのことだった。他の誰でもなくお前に診て ほしいのだ、と何度も必死に頼まれ、香月はすぐに承諾をした。──そして今、その子を待 っているところである。 うーん…と唸り、友人の話をメモした紙をじっと見つめる。そして考えていたことを吹き飛 ばすように、頭を軽く振った。 (ダメだ、ダメだ! いくらあいつの話とはいえ、先入観を持つな。俺は俺の目で見て、感じ るんだ。余計なものはいらない) 自分に言いかせると、深く息を吸って吐き出す。もう大丈夫だ。 |
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部屋の時計を確認すると、もうすぐ約束の時間だった。受付の子には、あらかじめ伝えて ある。秋山帝という子がきたら、性格のテストはさせずすぐに自分のところに連れてくるよう に、と。 友人は、香月も勤めている病院の院長息子で優秀な外科医。その子供が精神的に問題 があると思われてはまずい、とのことで。子供にも周りにも、親の知人のもとに遊びに行くと いうことにしてあるらしい。 じゃあ、なんでワザワザ病院で会う必要がある? というツッコミはもっともな話だが。将 来継ぐことになる病院を見ておくことは、悪いことではないではないか。そう無理やり、説き 伏せることにしたとか。 (まあ…病院で会うことになったのは、あいつから俺への気遣いだしなー。休みに仕事はさ せられない、とか言って。変なとこで強情なんだよ、まったく) ひとり苦笑していると、自分を呼ぶ声が聞えてきた。 |
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「──香月先生、お見えになりました」 「はい、どうぞ」 こちらの返事とともに入ってきたのは、まだキレイな黒いランドセルを背負った小学生。 「…こんにちは、秋山帝です」 小学生にしては、ずいぶん落ち着いた声だった。さらさらとした黒髪に、黒曜石のような 瞳はつめたい光を帯びている。 (なんてかなしげで、さびしいそうなんだ…) 顔は無表情だったが、香月にはそれが伝わってきた。目を見つめると、うっかりその奥 の闇にとらわれてしまいそうだ。 「香月悠、君のお父さんの友達だ。よろしくな」 片手を軽く挙げて、なるべく自然にあいさつをした。 |
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「はい、どうぞ」 ジュースを持っていくと、ありがとうございますと帝は受け取った。ひと口飲むと、コップに 手を添えたままひざに置く。 「香月先生」 「あ、先生はいいよ。今は診察じゃないし」 「うそでしょう?」 「……は?」 いきなり嘘つき呼ばわりされて、面食らった。 「分かるんです、どうして父さんがここに行くように言ったのか。おれの力のことでしょう?」 「────当たりだよ」 心の中で、悪いと友人に詫びる。嘘を言うのは簡単だが、帝にはすぐバレてしまうだろう。 そんな嘘はついても意味がない。 香月は頭をすぐに切りかえて、帝に話しかけた。 「じゃ、お互い腹をわって話そうか。言葉遣いも普通にしてくれていい」 「いえ、言葉づかいはこのままで。この方が話しやすいですから」 親が強情なら、子供も強情。小学生にこれだけ丁寧に話されると、バカにされているよう な気もしないわけでもないが…。ここは気にしない方がいいだろう。 「ならいいや。さっそくだけど、君のお父さんから君の力についてこないだ相談された。精神 的なものとなにか関わりがあるのか、調べてほしいって」 「あるわけがないじゃないですか、生まれつきあるものだったんだから。それを今まで言わ なかっただけで」 「それなら、どうして今になって言ったんだ?」 「………口をすべらせたんです。ただ、それだけで」 香月の追求に、帝は歯切れ悪く答える。そして、彼の口から力について語られた言葉に 耳をかたむけた。 |
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おれは生まれつき、人の気配にすごくびん感でした。その人との間にかべがあったとして も、一定のきょりのはんい内なら、だれかがどこにいるのかが分かったんです。父さんや母 さんみたいに知っている人なら、だれがどこにいるかも分かりました。 たとえば、授業がはじまったのに先生がこないからといって、教室中がさわがしかったと き。そんななか先生の足音が聞えなくても、先生がくるまであとなん秒か正しくカウントする ことができたんです。 こないだ父さんにそのことを知られたのは──父さんがおれの部屋の前まできて、足を 止めたことがきっかけでした。しばらくだまってそこにいたものですから、おれはこう言った んです。いつまでそんなところに立ってるつもりなんですか? 父さんと話すことなんか、ま ったくありません。だから早くどこかに行ってください、と。 すると父さんは部屋に入ってきて、どうして自分がそこにいることが分かったと尋ねまし た。おれはかっとなって、すべてを話してしまったんです。自分には人の気配を感じ取る力 があることを。父さんにいつまでもそんなところにいればそれは自分に伝わり、落ちつかな いから部屋にかえってほしいということを。 話を聞いた父さんは、おれの顔を変なものを見るような目で見たあと、青い顔をして出て 行きました。 |
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