「――君、大丈夫?」
聞こえてきた声と共に駆け寄ってきたのは、紺のスーツを着たスラリと背の高い男の人。
(どこかで見たことあるような…)
「…小沢さん、どうしたの?」
どうして私の名前知ってるんだろうとぼうっとした頭で考えて、あぁと納得した。
白衣着てなかったから、一瞬分からなかった。保険医の、
葛城恵介先生だ。
「…せん、せ…」
「顔色があまり良くないな…。動けない?」
私が頷くと、先生は肩にかけてあった私の鞄を自分の肩にかける。それから私のひざの裏に手をかけ、体を持ち上げた。いわゆる、お姫様だっこ。
「え…?」
「ベンチまで我慢して。周りの目が気になるなら、目を閉じていなさい」
たしかに気になるけど、閉じるのもなんだか怖い。私は落っこちないようにきゅうっと先生の服を少しだけ掴んで、胸に顔を埋めた。
周囲の人ごみが落ち着こうとした頃、ベンチに到着。私たちの様子を見ていたのか、駅員が足早に駆け寄って来た。
「――大丈夫ですか? 必要なら、救急車を呼びますが」
「……………」
「…いえ、大丈夫です」
黙って首を振る私の代わりに、先生が答えてくれた。
「失礼ですが、貴方は…」
「彼女が通っている、緑明高校の保険医です。偶然居合わせまして」
「それでしたら、後はお任せしてよろしいでしょうか?」
「はい」
「それでは自分は仕事に戻りますので」
頭を下げて、駅員は去って行った。
「…で、今日はどうしたの?」
「体が重くて……立ってられなく…なって。座ってるのも…少しつらいです」
「家に誰かいる?」
「誰も、いません。共働きで…」
「分かった。ちょっと待っててね」
先生は私にそう言うと、携帯電話を取り出してどこかに電話をかけ始めた。
「叔父さん? …ええ、俺です。頼みがあるんですが」
電話の相手はおじさん? 頼みって何だろう。
「3年2組の小沢綾香が、体調悪くして倒れているのを見つけまして。家に送っていこうとも思ったんですが、夕方まで両親とも家にいないらしくて…。学校に連れて行きたいのですが、許可をいただけませんか?」
(え…そんなことしていいの?)
「責任は俺が取りますから──いい? ありがとうございます。それからそちらに着くまでにまだ時間がかかりそうなので…ええ、そうです。保健室に代わりの先生を……。
はい、それともうひとつ、彼女の担任の三浦先生に連絡をお願いしてもよろしいでしょうか? ええ、よろしくお願いします。それでは」
携帯をポケットにしまうと、先生は私を見て微笑んだ。
「――じゃ、許可ももらったことだし、行こうか」
「先生、本当にいいんですか? 学校に着くまでは家の責任、学校に着いてからが学校の責任で…」
「理事長がいいって言ったことだし、いいんじゃないかな。それに泣いてる女の子を放っておけるほど、俺は最低な男じゃないよ」
後半のセリフは置いとくとして、そういえば葛城先生と理事長は親戚関係というのは、少しだけ聞いたことがあった気がする。でもそれに甘えるというのも…あんまりしたくないなぁ。
「これは…ただちょっとびっくりしただけですから。もう大丈夫ですよ」
「俺が君を送って行きたいんだ。迷惑かな?」
「いえ、その…迷惑というわけでは……」
その言い方じゃあ、なんかズルイ。断りづらいじゃないの。
「なら決定。人の好意には素直に甘えておきなさい」
「…えっと…ありがとうございます」
と結局、先生に流されてしまった。
「先生、電車通勤でしたっけ? 車持ってましたよね?」
「あー、実は昨日事故っちゃってねぇ…。運転席のドアがへこんで開かなくなったから修理中」
「事故って、大丈夫だったんですか? ケガは?!」
自分の体調の悪さなんてすっかり忘れて、慌てて先生の体に視線を走らせた。そんな私を見て先生は少し笑って、軽く片手を上げて制す。
「あぁ、大丈夫大丈夫。さっき俺は君を軽々と持ち上げてたでしょ? 」
「あ、そうでしたね…。よかった……」
「一応代車をすぐに持って来てもらったんだけど、好みに合わなくてね。だから今日は電車で来たんだ。そしたらうちの制服の子が人ごみの中突っ立ってて、気になって近寄ってみたらあんまりにも顔色悪くてびっくりしたよ」
「すみません…」
「誰だって体調を崩すときはあるよ。謝らなくていい」
ぽんぽん、と軽く頭をなでてくれる手が心地よかったけれど、少しはずかしくて俯いた。