「こっちにおいで、トモアキ」
「はい、おうじさま」
名前を呼ばれた5つほどの子供が、ととと…と小走りをして少年のもとに駆けよってきた。その様子に、エランドの跡継ぎである彼はほほ笑みを浮かべる。
「きみの髪は、本当にキレイだね。まるで、あたたかい太陽の光のようだ」
トモアキは、エランドの王子にそう言われて髪を撫でられることが好きだった。
本当ならば王子に愛されるべきでない身分である自分が、このときだけは、とても愛されているのだと実感することができたから。
「──明日行ってしまうんだってね、リプローグへ」
「……はい」
しゅんとうなだれてしまったトモアキの頭を、またあたたかい手が撫でる。その手が止まったので、少し顔をあげたトモアキは驚いた。
「ごめんね、トモアキ。きみはエランドのために、きっとこれからつらい思いをする。助けてあげられなくて……ごめんね…」
「おねがいですから、なかないでください。おうじさま」
エランドの王子の瞳から、ぽろぽろと涙が流れていた。
どうしたらいいか分からず、トモアキはおろおろと戸惑う。やがて答えを見つけたトモアキは、にっこりと笑った。エランドの王子が自分にそうしてくれたように。
「ぼくはすごくしあわせ、です。どこでうまれたかわからない、そんなぼくに。おうじさまは、とてもやさしくしてくれたから…。ぼくはおうじさまがだいすき、です。だから、おうじさまがだいすきなこのくにのために、いっしょうけんめい、がんばりますから」
たどたどしくも必死で話す姿が、トモアキのこころをそのまま表していた。それはエランドの王子にとってうれしくもあったが、またつらくもあった。トモアキはまだ、自分の年よりも半分だというのに…。
「トモアキ…」
「おうじさまがいつもわらってくれるように、ぼく、がんばりますから。わらって、ください。おうじさまがないていると、ぼくもかなしい、です」
「ありがとう、トモアキ」
衣服の袖で、ごしごしと顔を拭いて。トモアキがよろこんでくれるのなら…とエランドの王子は笑顔を作った。
「──そうだ、トモアキにこれをあげるよ」
そう言って、エランドの王子は自分の耳のそばからなにかをはずした。シルバーの棒状のものが、いくつも連なっている。
「これはなんですか?」
「ピアスだよ。今僕がしていたように、耳につけるんだ」
トモアキはそれをゆっくりと手に取り、ちいさく首をかしげた。
「こんなおもいものをつけたら、おみみがとれちゃいませんか…?」
「おもしろいことを言うね」
くすくすと笑う、エランドの王子。今度の笑みは、作ったものではなく本物だ。
トモアキは笑ってもらえるとは思ってみなかったので、はじめはきょとんとしていたが、うれしくなって一緒に笑った。
「そうだなぁ、たしかにまだ早いかも。もっと大きくなったらつけるといいよ。今の僕と同じ年、10になったら…。それまで大事にもってるんだよ」
「はい、ありがとうございます!」
──トモアキは翌日、エランドの王子の周りにいる大人たちの策略どおり、リプローグへと送り込まれた。
当時幼かったトモアキだったが、自分が頭のいいことを大人たちに悪用されていることは知っていた。それでも文句ひとつ言わずに、そして涙を流すこともなく、ほほ笑んでエランドを出て行ったらしい。
生まれてすぐに教会の前に捨てられ、そこで育ったトモアキを、そばにおきたいと言ってくれた王子。トモアキにとっては自分を初めて必要としてくれた、たいせつな存在だった。
国を出るそのとき、彼は自分にとって大切な王子のいる国のためにこう決心していたのだ。──なんとしてでも、任務を成功させようと。まだこの先に、なにが起こるかを知らずに…。
【E N D】
裏話
自分が作ったお題を一部使って、「人魚姫」の番外編のお話を書いてみました。次回は、王子か薬師になるかと思いますが…。
「オリキャラに50の質問!(付き人編) 」を書いたときにこの話が浮かび、どうしても書いておきたいと思ったので、ここに公開することにします。
トモアキは、たしかにリプローグにとっては「闇」の存在であるかもしれません。ですが、存亡の危機が押し迫ってきていたエランドにとっては、将来国を助ける希望の「光」の存在だったのです。なのでお題は「闇」でなく、「光」を選びました。
今のトモアキがこの頃のまま純粋で、それゆえにあんなことをしてしまったのだと──私はそう信じたいです。なにかが起こったとき、誰かひとりだけが悪いのだと決めつけることは、きっとできないと思うから…。
05.02.20
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