「精神科医 香月悠のカルテ」
〜 序 章 〜
『──他の誰でもない、お前に頼みたいんだ』
キッカケは、一本の電話。その電話越しに切実な声で訴えてきたのは、自分の友人だった。
直接会う約束をして、数日前に会ったのだが…いつも冷静沈着と言われていた長い付き合いの友人が、ひどく取り乱していた姿が今でも頭に印象強く残っている。
話を聞くと、ぜひとも自分の息子を診てほしいとのことだった。その言葉を聞いた香月は、自分が指名されたことに驚いて目を瞬かせた。
『よく、あの院長が許したな』
『いや、許可はもらっていない。父はまだあの子のことを知らないんだ』
『許可なしで、診察って…。いいのか? もしバレたら…』
『お前に迷惑はかけないようにする。心配するな』
過去に汚点をもつ香月は、院長に嫌われていた。それを説得して病院に引き込んだのが、秋山だったのだ。その結果、問題が生じたらそのときは終わりだ、という条件つきでここにいる。
秋山が香月に迷惑をかけないと言ったのは、診察を依頼したのは自分だから、院長が何を言っても病院は絶対にやめさせない、ということを指していた。
『バーカ、俺が心配しているのは自分のことじゃない。お前のことだ。…だいたいな、今俺が医者になったのも、ここにいるのも全部お前のおかげだ。それをお前のせいで失ったところで、恨むわけがないだろう?』
にっと笑って答えた香月に対し、秋山は首を振って否定する。
『だが、そんな訳には…!』
『たとえ持ちかけたのがお前だったとしても、それを受けるかどうか決めるのは俺自身。だからお前のせいになるワケがないだろう? 勝手に全部独りで背負うな。
──それに俺ももう30を超えてるんだ。野郎の世話になる気なんかない、どうせなら美女の世話になりたいね』
『……そうか』
香月の軽口が自分を気遣ってのものだと知って、秋山は口元を少し持ち上げた。
秋山の心配を消化したので、今度は香月の顔が真剣な顔つきになって改めて返事をする。
『──俺が受ける条件はただひとつ。お前に覚悟があることだ』
『覚悟?』
『今の状態をよくするにしろ、悪くなるにしろ、今の状態から変わることに違いはない。変わるっていうのは、それ相応の努力と覚悟がいるんだよ。お前にそれがあるなら、引き受けてやる』
予想外の言葉に秋山が目を瞬かせ、しばらく沈黙した後にゆっくりと結論を口にした。
『……おそらく父に知られれば、他の医者に診られることになるだろう。そのときあの子が傷つくことになりそうで、怖いんだ。お前になら、任せられる』
『分かった、引き受ける。……けど忘れるなよ、俺は手伝うことしかできない。言わばキッカケを作ってやるくらいだ。そこから先はお前ががんばるしかないんだからな』
『ああ、約束しよう』
──こうして香月は、秋山の依頼を引き受けることにした。そして今、その子を待っているところである。
【to be continued...】
裏話
序章という名の番外編ですかね。2人はこんな話を実はしていたんだよ、という。ですが、本当に内容は序章に過ぎないので…プレイ前に読んで頂いても可なわけです。
最初は序章を入れようか入れまいか悩みましたが…。そうすると、構成がうまくいかないような気がして止めました。そのため、こういう形で公開させて頂いた次第です。
05.05.20
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